「アナトミック骨盤ヨガは自分の心の弱さと向き合うヨガでもあるのですよ。」
アナ骨のWSでそんなことを偉そうに語ったこともあった。
そんな自分が今では情けなく恥ずかしい。
「心の弱さ」は自分が構えている時にではなく無防備な時に、そして時には唐突に浮き上がってくるものだったのだ。
一番心の弱さに向き合わなければならなかったのは僕自身だったのだ。
今朝、5時半に起きた僕と長男(7歳)は多摩川に釣りに向かった。
気持ちの良い朝陽を浴び、朝露に濡れた道端の野草を見ながら川沿いのサイクリングロードを走っていた。
僕が息子に、
「こんな気持ちの良い陽の光ならヘビが日向ぼっこしてるかもね。」
と言った次の瞬間、4メートル左前方に影が動いた。
小さなヘビだ。
本当にヘビが日向ぼっこをしていて、僕たちの気配に気づき草むらに隠れようとしているところだった。
ヘビの動きは大して速くはなかった。どちらかというと緩慢な動きだった。
自転車の速度で一気に距離は詰められる。つまり射程距離内だった。
自転車から飛び降り、一気に手を伸ばせば草むらに隠れる前に勝負がつく間合いだったのだ。
しかし、僕の心に一瞬の躊躇があった。
朝陽を背に浴びたヘビ。逆光でヘビの模様が見えずに種類を特定できなかったのだ。シルエットしか見えなかった。
瞬間、小さなヘビがマムシやヤマカガシなどの毒蛇であるかもしれない可能性が頭をよぎった。
そしてその迷いが僕の動作を一瞬遅らせたのだ。
その一瞬の遅れが命取りになった。
伸ばした僕の手の少し先でそのヘビは藪に消えた。こうなってしまってはもう見つからない。
僕は震えた。
自分自身に絶望を感じた。
自分の心の弱さをありありと見せつけられたのだ。
普段どんなにイキがっていようとも、唐突な一瞬の場面で心の強さは試される。
準備する間もなかった日常の一瞬でまっさらな心は篩にかけられた。
そして負けた。どうしようもなく弱かった。
毒蛇かもしれないという可能性に一瞬怯んでしまったのだ。
毒があるかどうかなんて本当はどうでもいいことだったのだ。手を伸ばしその体を掴んでから判断すればいいことだった。
毒蛇に噛みつかれた方がマシだった。自分の気持ちの毒に気付かされるよりは。気の毒とはよく言ったもの。
そんな事実と向き合わざるを得なくなった時、じわじわと血清のない毒が僕の心を蝕んでいった。
その1時間後、僕たちは多摩川で釣りをしていた。
魚釣りをしていたはずだったが、思いがけずスッポンの棲家を見つけスッポン釣りを始めていた。
雑魚釣りの道具でのスッポン釣り。難しいところではあった。
しかし息子と力を合わせてスッポンを自分たちのいる岸まで引き寄せることに成功。
あとは引き上げるだけだった。
しかし長男が持っていた網は川用のものではなく、100均で売っていた小さな虫取り用。
体の大きなスッポンを掬い上げることはできそうにない。それでもなんとか引き上げなければならない。
僕は竿を手前に引きながらスッポンが手で届くところまで引いた。
そして右手で竿を持ったまま左手でスッポンの甲羅をしっかり掴んだ。合わせて息子も甲羅へ手を伸ばした。
しかしその刹那、力の強いスッポンは体を揺らせて手足を動かし僕たちの手を跳ね除けてすり抜けると緩んだ釣り針も外して水の中へ消えていった。
一瞬だった。しかし水の中に消えていくスッポンはなぜかスローモーションに見えた。
その時空が歪んだような映像を目に映しながら、僕の心は絶望した。スッポンと共に川底へ沈んでいった。
次の瞬間、心の弱さが水面に反射して僕の心に再び跳ね返ってきた。
どうして両手でスッポンの甲羅を掴まなかったのだ?
自分に問いかける声。答えは明白だった。
加減したのだ。全力でのアナ骨やHIITを語っている自分自身が加減したのだ。
増水した川に前のめりになって落ちるのを躊躇ったのだ。流れのない部分だったのに。競泳経験もあるのに。
ただ川に落ちるのを危ぶんだ。
そんな自分は本当に落ちればよかったのだ。
そうすれば少なくとも心が川底まで落ちることもなかった。
1時間前に教訓を突きつけられようとも、人間の心がそう簡単には変わらないことを知ってしまった。
真夏の晴天の朝。
ヘビとスッポンによって剥き出しにされた心。
普段どんなに武装しようと、ふとした瞬間に曝け出される心の弱さ。
しかし、その心の弱さを知ったからこそできることもある。
自分の弱さを知っているからこそ、他人の弱さを知ることもできる。
だからこそ逆に、
アナ骨を厳しくしよう。
他人に厳しくすることで自分の心も鍛え直そう。
またいつか不意に訪れる一瞬のために。
毒を喰らう覚悟を持とう。
マムシに噛まれよう。沖縄ではハブに噛まれよう。アフリカではブラックマンバに噛まれよう。
血清はいらない。心の毒は今朝の出来事で十分。
よく晴れた日の朝にそんなことを誓ったんだ。
そして気持ちが晴れ渡った。迷い漂っていた雲は消え去った。
「明日のアナ骨はコブラのポーズだけにしよう。」